大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3109号 判決

原告 安田すみ子

右訴訟代理人弁護士 景山収

被告 高橋進

被告 高橋花井

右両名訴訟代理人弁護士 藤井与吉

主文

被告両名は各自原告に対し金三〇万円を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その三を被告両名の連帯負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することかできる。

事実

≪省略≫

理由

原告と被告花井の長男被告進とが昭和三四年初頃訴外大山宏一郎夫妻の媒酌で見合をし、同年一〇月四日結婚式をあげたうえ、原告が被告等の許に嫁入りして被告進と婚姻予約(内縁)を結んだこと、被告等の家族としては外に被告進の妹千代子及び絹江が居て、被告進及び千代子は会社勤めをし、被告花井は和裁の内職をし、原告も同年一〇月中旬から幼稚園の保母として勤めていたこと及び原告が昭和三五年一月下旬被告家を立去り以来原告と被告進とが別居し、両名の婚姻予約が現在解消されていることは本件当事者間に争がない。

証人大山つるの≪省略≫の全趣旨を合せると、

被告家では父親が早くから被告花井と事実上の夫婦別れをしている関係もあつて、被告花井が家事全般を支配していたが、同被告は他に対する思いやりに乏しく、原告の嫁入り以来、原告に炊事、掃除、洗濯は勿論(その外に原告は幼稚園勤めをしていた。)被告花井の内職の縫物の手伝までさせながら、原告の右和裁の仕事が遅いといつては「此ののろま」などと罵り、原告が寸法を間違えると原告から縫物を取りあげて叩きつけたりして激しく叱責し、又原告が食卓に茶碗と汁椀の置き方を取り違えると「左膳だ。」「村会議員の子供だというのに無教育も甚しい。」などといつて叱りつけ、又些細なことで直ぐつむじを曲げて原告から炊事仕事などを取り上げ而も原告がこれを座視していると「ずうずうしい。」といわんばかりの態度を示し、又或時は原告が被告花井に買つてきた菓子を物差しではじいたりして原告に辛く当ることが屡々であつたこと、しかも被告進は、右のような姑に仕える原告に同情をせず却つて被告花井の言動に便乗又は同調して、原告の前記茶碗等の置き方を咎めたり、原告に向つて「和裁や洋裁ができるとのことで嫁に貰つたのにずい分下手だ。」とか「母親に洗濯をさせるとは世間に恥かしい。」などといつて非難したり、又「お前はつとまらないから実家に帰つて相談してこい。」などとも言つたり、又原告が被告花井から叱責されているのをみて「お前はよく叱られる女だ。母親を馬鹿にするのもいい加減にせよ。」などといつたりしていたこと、その挙句昭和三五年一月下旬頃原告が、些細なことで、つむじを曲げて食事をしなかつた被告花井をさしおいて、食卓に就いたところ前示千代子(被告進妹)から「ずうずうしい。」といわれて肩の辺りを押しつけられ、食卓上の味噌汁を浴びたので、思わず「暴力」という言葉を発したところ、被告両名から「暴力」と言つたのは許し難いとて、両腕をつかまれるなどして責めつけられ、その上翌日朝、原告が平常どおり炊事仕事にとりかかつたところ被告花井から、「もう炊事仕事をやらなくてよい。」といつて身体を押しのけられたので、原告もついに居堪たまれなくなつて家出して実家に戻つたこと、然し原告は実家の父母から諭されたので、翌日夜被告家に戻つたが、被告両名は「親と一緒に謝りにこなければいけない。」「出てゆけ」などといつて原告を受け入れず、その翌日及び翌々日も原告が媒酌人の前記大山つるの(被告家の隣人)に附添われ又は単身で被告等に詑びるなどしたが、なおも入居を許されなかつたこと、それで原告もついに被告進との婚姻予約の継続を諦めて実家に戻り原告と被告進間の婚姻予約が解消されたこと、

を認めることができ、被告両名各本人尋問の結果中右認定に反する部分はにわかに信用しがたい。

右認定の事実によれば、被告両名の原告に対する以上の処遇は、明らかに同居に堪えざる侮辱であり原告の妻又は嫁としての人格を否定するものであり、被告両名は共同して原告と被告進との婚姻予約の実現を妨げたものと解すべきである。従つて原告に対し、被告進は婚姻予約不履行の、被告花井は不法行為上の責任が免れえず、被告両名は共同して原告のよつて蒙つた損害を賠償しなければならない。

もつとも被告両名各本人尋問の結果によれば原告は農家の出で且つ高等学校卒業後幼稚園勤めをしていたため、被告家の生活様式に慣れず、又家事の処理も上手でなかつたり、更に自己の殻に閉ぢこもつて積極的に被告等と調子を合わせようとする努力に稍々不足していたことが窺われるが、取りたてていう程の欠点や過失があつたとまでは認められず、その他前記認定の資料に照し本件一切の証拠をもつてしても被告両名の叙上責任を阻却せしめるに足りる事実は認めることができない。

原告が右婚姻予約を不当に解消せしめられたことにより多大の精神上の苦痛を蒙つたことは本件弁論の全趣旨によつて明白である。よつて被告等から原告に支払われるべき慰藉料の額について判断するに、(1)原告が高等女学校を卒業し保母の資格を有し、その実家が中流の農家であることは当事者間に争がなく、(2)被告両名各本人尋問の結果によれば被告両名は前記のとおりの職業で被告進は月金一万八、〇〇〇円位、被告花井は月平均金四、〇〇〇円位の収入を得ていることが認められ、(3)その他本件証拠から認められる双方とも初婚であること、及び原告が本件婚姻予約解消後幸いにして再婚(内縁)の機会を得たことなど諸般の事情を綜合すると、右は金三〇万円をもつて相当であると認める。

よつて被告両名は共同(不真正連帯債務)して原告に対し右金三〇万円を支払うべく、原告の本件請求は右の限度で正当であるが、その余は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文第九三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部保夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例